――村上憲郎・グーグル日本法人元社長
――『村上式シンプル英語勉強法』(ダイヤモンド社)が発売2カ月で18万部突破と、ベストセラーになりました。ここに書かれている勉強法はシンプルなんですが、全部をやるのは大変ですよね。
私は日立電子という伝統的な日本企業から日本DECという外資系企業に転職をしたのを機に、英語の勉強を始めました。31歳のときです。
この本は、「こうしたほうがいい」ということよりも、「手遅れギリギリの年齢から英語を学び始めた僕は、こう勉強した」という体験談が書かれているんです。英語の先生が書いた本ではないので「熟語なんかいらない」ということも平然と書いてありますよ。
とにかく僕は、31~34歳までの3年間、1日3時間英語を勉強しました。1日1時間リスニングをして、1時間単語を覚え、1時間は英語の本を読むんです。それくらいやらないと英語はモノになりません。
英語ができないなら通訳を雇って仕事をする、あるいは英語にかかわりのないキャリアで勝ち抜くという戦略もありますが、今の時代においてはめちゃくちゃリスキーな選択です。今、いい悪いは別にして、英語が公用語化しています。数年から10年で、少なくとも皆さんの子どもが大人になる頃には、人類は英語のしゃべれる人間としゃべれない人間に二分されるでしょう。
そのとき、あなたはどちらにいたいのか。しゃべれる側にいたいなら、「1日3時間、3年間」英語を勉強するしかないんです。いろいろ意見はあると思いますが、その意見ですら英語で言えないと誰も聞いてはくれません。
――外国人とコミュニケーションをとるに当たり、語学の勉強以外に何か努力されたことはありますか。
下手な英語でネイティブたちと仕事をするうえで重要なのは、いかに相手の心をわしづかみにするかということです。
もともと私は吉本興業に入ったほうがいいようなおやじギャグが大好きな人間なので、ジョークを使って自分という人間を覚えてもらうようにしていました。もちろん、会議の席では言えませんので、ディナーなどお酒が入った場面でジョークを持ち出します。内容は、日本に引っかけたものばかり。日本を根拠地に仕事をしている以上、日本をサポートしてもらうためにはやはり日本を印象づける必要がありますからね。
――『村上式シンプル仕事術』(ダイヤモンド社)には、「ビジネスパーソンは、マンキューを読まなければダメ」と書かれています。
実を言うと、サミュエルソンが書いた経済学の本で挫折しているんです。電話帳のようなボリュームがあるので、一カ月くらい休暇をもらわないと読めません。
一方、マンキューはわかりやすい。『マンキュー経済学1 第2版 ミクロ編』と『マンキュー経済学2第2版 マクロ編』の翻訳版(東洋経済新報社)は、一気呵成に読めちゃうんです。
ただし、内容を全部理解して頭に入れる必要なんてありません。マンキューを理解できたら経済学者になれますよ。“経済学が文系学問の中では唯一自然科学的な根拠を持って成立しているのだ”ということが感じられればいいんです。この混沌とした複雑怪奇な社会に、経済学が部分的であれ妥当するケースがあるんだということが認識できれば、巷の怪しい経済話の嘘は見抜けるようになります。
耳当たりのいい話は全部嘘ですよ。ワイドショーに出ている経済学者や経済評論家でも、「お前マンキュー程度すら読んでないだろ!」と言いたくなるような人はゴロゴロいます。
――村上さんの著書2冊からは、わかろうとわかるまいと一気呵成にやるんだという気合いのようなものが感じられます。人間がチャンスを広げられるかどうかの分かれ目は、この集中力にあるような気がします。
この2冊はある種自叙伝といってもいいでしょう。特に「仕事術」は時系列順に勉強した内容が書かれています。田舎の秀才が、九州の進学校から京都大学へ入り、日立電子、日本DEC、数社のトップマネジメントへとはい上がってきたプロセスでもあるんです。
私は、コッペパンと脱脂粉乳といった給食で育った団塊世代。道は舗装なんかされておらず砂ぼこりが舞い、山手線内の食堂にもハエ取り紙がぶら下がっていた時代を駆け抜けてきました。貧しい暮らしやものすごい競争の中をはい上がってきたわけですが、与えられた仕事が自分の幅を広げてくれるものばかりだったことはラッキーでした。
ただ、それをチャンスだと思う人と、「今日はいいや、合コンしよう」と思う人との間には差があると思います。最後は死ぬんだから趣味をたくさん持ったり合コンしてドンチャン騒ぎをしてたほうが楽しかったかなと思うこともありますが(笑)、人様に迷惑をかけない仕事がしたいとか、お客様に喜んでほしいという思いが強く、そのためにはたとえ大変であってももうひと頑張りしようという姿勢で仕事をしてきたのは確かです。
出典元記事はこちら
ドキッとするタイトルでしょ。
外国人とのコミュニケーション願望はアリーの、いざ対面すれば単語を思い出すので精一杯、、、ってことありません?
Googleのリーダーはすごいです。これで3年でものになれなかったら英語がしゃべれない人類と言われても、、、本気モードにならんと、大変なことです。。。。
――『村上式シンプル英語勉強法』(ダイヤモンド社)が発売2カ月で18万部突破と、ベストセラーになりました。ここに書かれている勉強法はシンプルなんですが、全部をやるのは大変ですよね。
私は日立電子という伝統的な日本企業から日本DECという外資系企業に転職をしたのを機に、英語の勉強を始めました。31歳のときです。
この本は、「こうしたほうがいい」ということよりも、「手遅れギリギリの年齢から英語を学び始めた僕は、こう勉強した」という体験談が書かれているんです。英語の先生が書いた本ではないので「熟語なんかいらない」ということも平然と書いてありますよ。
とにかく僕は、31~34歳までの3年間、1日3時間英語を勉強しました。1日1時間リスニングをして、1時間単語を覚え、1時間は英語の本を読むんです。それくらいやらないと英語はモノになりません。
英語ができないなら通訳を雇って仕事をする、あるいは英語にかかわりのないキャリアで勝ち抜くという戦略もありますが、今の時代においてはめちゃくちゃリスキーな選択です。今、いい悪いは別にして、英語が公用語化しています。数年から10年で、少なくとも皆さんの子どもが大人になる頃には、人類は英語のしゃべれる人間としゃべれない人間に二分されるでしょう。
そのとき、あなたはどちらにいたいのか。しゃべれる側にいたいなら、「1日3時間、3年間」英語を勉強するしかないんです。いろいろ意見はあると思いますが、その意見ですら英語で言えないと誰も聞いてはくれません。
――外国人とコミュニケーションをとるに当たり、語学の勉強以外に何か努力されたことはありますか。
下手な英語でネイティブたちと仕事をするうえで重要なのは、いかに相手の心をわしづかみにするかということです。
もともと私は吉本興業に入ったほうがいいようなおやじギャグが大好きな人間なので、ジョークを使って自分という人間を覚えてもらうようにしていました。もちろん、会議の席では言えませんので、ディナーなどお酒が入った場面でジョークを持ち出します。内容は、日本に引っかけたものばかり。日本を根拠地に仕事をしている以上、日本をサポートしてもらうためにはやはり日本を印象づける必要がありますからね。
――『村上式シンプル仕事術』(ダイヤモンド社)には、「ビジネスパーソンは、マンキューを読まなければダメ」と書かれています。
実を言うと、サミュエルソンが書いた経済学の本で挫折しているんです。電話帳のようなボリュームがあるので、一カ月くらい休暇をもらわないと読めません。
一方、マンキューはわかりやすい。『マンキュー経済学1 第2版 ミクロ編』と『マンキュー経済学2第2版 マクロ編』の翻訳版(東洋経済新報社)は、一気呵成に読めちゃうんです。
ただし、内容を全部理解して頭に入れる必要なんてありません。マンキューを理解できたら経済学者になれますよ。“経済学が文系学問の中では唯一自然科学的な根拠を持って成立しているのだ”ということが感じられればいいんです。この混沌とした複雑怪奇な社会に、経済学が部分的であれ妥当するケースがあるんだということが認識できれば、巷の怪しい経済話の嘘は見抜けるようになります。
耳当たりのいい話は全部嘘ですよ。ワイドショーに出ている経済学者や経済評論家でも、「お前マンキュー程度すら読んでないだろ!」と言いたくなるような人はゴロゴロいます。
――村上さんの著書2冊からは、わかろうとわかるまいと一気呵成にやるんだという気合いのようなものが感じられます。人間がチャンスを広げられるかどうかの分かれ目は、この集中力にあるような気がします。
この2冊はある種自叙伝といってもいいでしょう。特に「仕事術」は時系列順に勉強した内容が書かれています。田舎の秀才が、九州の進学校から京都大学へ入り、日立電子、日本DEC、数社のトップマネジメントへとはい上がってきたプロセスでもあるんです。
私は、コッペパンと脱脂粉乳といった給食で育った団塊世代。道は舗装なんかされておらず砂ぼこりが舞い、山手線内の食堂にもハエ取り紙がぶら下がっていた時代を駆け抜けてきました。貧しい暮らしやものすごい競争の中をはい上がってきたわけですが、与えられた仕事が自分の幅を広げてくれるものばかりだったことはラッキーでした。
ただ、それをチャンスだと思う人と、「今日はいいや、合コンしよう」と思う人との間には差があると思います。最後は死ぬんだから趣味をたくさん持ったり合コンしてドンチャン騒ぎをしてたほうが楽しかったかなと思うこともありますが(笑)、人様に迷惑をかけない仕事がしたいとか、お客様に喜んでほしいという思いが強く、そのためにはたとえ大変であってももうひと頑張りしようという姿勢で仕事をしてきたのは確かです。
むらかみ・のりお
2003年4月、Google Inc. 副社長兼 Google Japan 代表締役社長として Google に入社以来、日本における Google の全業務の責任者を務める。09年1月で社長退任、名誉会長就任。10年12月名誉会長退任、現在に至る。京都大学大学院非常勤講師、会津大学参与。Google入社以前には、01年にDocentの日本法人であるDocent Japanを設立し、同社の社長としてe-ラーニング業界でリーダーシップを発揮。1997年から99年の間は、Northern Telecom Japanの社長兼最高経営責任者を務め、Northern Telecomに買収されたBay Networksの子会社であるBay Networks Japanとの合併を成功に導く。後にNortel Networks Japanと改名された同社において、01年中旬まで社長兼最高経営責任者を務める。日立電子のミニコンピュータシステムのエンジニアとしてキャリアをスタートした後、Digital Equipment Corporation(DEC)Japanのマーケティング担当取締役などを歴任し、マサチューセッツの DEC 本社にも5年勤務。京都大学で工学士号を取得。
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ドキッとするタイトルでしょ。
外国人とのコミュニケーション願望はアリーの、いざ対面すれば単語を思い出すので精一杯、、、ってことありません?
Googleのリーダーはすごいです。これで3年でものになれなかったら英語がしゃべれない人類と言われても、、、本気モードにならんと、大変なことです。。。。
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